ご気分はいかがですか。富辛です。
前の記事を書いていて気がつきましたが、わたしたち養土管理者が寝泊りし、任務に就いているこの管理棟内部のつくり──これも“反時計回りに上昇する螺旋”の形をしています。
どういうことか…と言いますと、管理棟のフロアは1万層の苗床を垂直に重ねた「知育槽(※その形状から、単に『キューブ』と呼ぶ管理スタッフが多い)」の周りを、とぐろを巻くように巡らされ、最上部の《宿生トレーニング・エリア》まで延々と続いているのです。
これはもう“フロア”、というより“道路”のイメージに近いのかもしれませんね。
ここ[7149]の管理室を出れば両側につらなる、その長大な共用スペースに一歩踏み入れば、そこからは(あたかもニンゲン界のショッピングモールのごとく)、各階層の管理ユニットが整然と“軒を並べて”いる様子が一望できる…という訳です。
当然、この部屋を出て左手方向へ(=昇りのスロープを)歩いて行けば、[7148]、[7147]、[7146]…の管理スタッフが“暮らす”ユニット棟が並んでいますし、右手方向へ(=降りのスロープを)歩いて行けば、[7150]、[7151]、[7152]の管理ユニットがつらなっています。
すべての管理室の窓から、それぞれの担当する苗床の整地が(直接目視できるカタチで)行われないといけないため、養土管理棟はこんな“ぐるぐる巻き”の回廊として建造されたのですね。
ここは“100階建ての”高層ビルかしら? それとも“ひと部屋しかない”平屋?
きょうはイベントの解説から脱線した話になりましたが、ときにはこうした「巡界」の外側──あなたが“現実に”乗り合わせている船内の様子も、少しずつお伝えしていこうと思っています。
ご気分はいかがですか。富辛です。
「巡界」の繰り出すイベントの大半(70パーセント超)は“単数ポイント変動”しかもたらさず、それを知認することで制動ポイントが1点加算されるか、1点減点されるか…のいずれかです。
しかも、なぜ結果的にプラス(=加点)なのかマイナス(=減点)なのか、の理由付けもあいまいで、「それは、そういうルールだから」という(きわめて)ゲーム感覚に近いものとなってきます。
きょうご紹介する“プラスの”イベントも、常に1点しか加算されないイベントのひとつです。
「左に曲がりつつ上昇する螺旋(らせん)」──。
おそらく、こういう光景(とその実感)をあなたの今のカラダを通して知認するのは、ループ上に設営された《螺旋階段》を昇(のぼ)り降りしているとき…ぐらいなものでしょう。
しかも、それは「左に曲がりつつ」です。右カーブに昇って行く階段では(右に曲がりつつ上昇する螺旋…を知認してもイベントが成立せず)、制動が起きないのです。
なぜ「左に曲がりつつ上昇」?
ニギリの「巡界」制作者(プログラマ)たちが、何を意図して各イベントを据えつけたのか──残念ながら、養土管理者たちにも“すべての根拠”が伝授されている訳ではありません。この「左に曲がりつつ上昇する螺旋」についても、わたしたちは漠然と憶測をめぐらしているに過ぎないのが実情です。
ニギリたちの母星社会における「航空規則」にヒントを得たのだ、とする説もあります。
ニギリたちは生物学上、ニンゲンにきわめて似た種族ですが、(進化の過程が酷似していたから…といって)その科学技術までがコピーしたように同じ発達の道をたどる訳ではありません。ニギリの航空技術はニンゲンより数百年早く進歩し、原動機付のクルマが道路を走り出すのとほぼ同時期に、彼らは“ひとりずつが航空器具を背負って”地上から舞い上がることができました。
そこで彼らは「クルマは左、人は右」と同じように、人が空中で衝突する危険を減らすために「(天空に)昇るときは反時計回り(=左に曲がりながら)、(地上に)降りるときは時計回り(=右に曲がりながら)」という“空中の交通ルール”をつくったのです。
「巡界」を制作したニギリたちもこの千年来の法風習に倣(なら)っただけではないのか…という訳です。
この理屈づけに“説得力”があるのは、「右に曲がりつつ下降する螺旋(らせん)」もまた、プラスのイベントとして存在する…ことでしょう。
なぜ右なのか、左なのか…に科学的、物理的な理由はない。たぶん、ニギリの世界観のなかには「そうやって左右の方向を区別した方が、苗床の擬似現実のなかで被験者も知認するチャンスが多いだろう」…という(漠然とした)思い込みがあったのではないか──そう考えられているのです。
ちなみに、絶滅したニンゲン社会においても22世紀末あたりから、一部の人が小型の航空器を背負い、自由に空を飛んでいました。地球上の多くの文明地域では、ニギリと同じ方向を定めた「航空規則」も確認されています。単純な偶然であろう、とは思いますが興味深い話ですね。
(ポイントの加算例)
・階段を昇っているとき、自分が「左に曲がりつつ上昇する螺旋」状に移動していることを意識したら、+1点。
・階段を降りているとき、自分が「右に曲がりつつ下降する螺旋」状に移動していることを意識したら、+1点。
※なお、逆周りであることを知認しても当該イベントが存在せず、制動ポイントの増減は生じない。
ご気分はいかがですか。富辛です。
思考の活性度は創造性の発揮にもあらわれます。そして想像力の豊かさは、全体を見て細部にとらわれない観察眼によって、さらに濃密に熟していくのです。
たとえば、あなたが街を歩いていると、路肩に沿って商店街の〈大売出し〉の幟(のぼり)が、並んではためいていた…としましょう。
あなたは、「キレイに連なった幟の列だな」…そんな具合に“大まかな規則性”を知認することが肝要なのであって、「手前から2本目の幟だけが、他のより短いぞ」といった(まるで粗探しをするような)気づきかたをするべきではありません。
とはいえ、粗探しを“職務”とする人もいます。
工場の生産ラインで品質管理をしているかた、などですね。実はこのような職務に就いている人ほど、並はずれた“想像力”を要します。コンベアの上を均等に流れてくる製品の列を、《どこまでも等質で美しい連続》として知認することが順序の一番です。だからこそ、その連続性を基準として《そこからテンポを外した製品》を,不合格品として発見できるのです。
どこか違ってるものはないか、仲間はずれは居ないか?──こんな目的ばかりが先にある観察法は、出だしから既に破綻している…のです。
まずは、大まかな配列に意識が向くこと。これが理想ですね。知覚までのステップは、ともすれば「無意識のブラックボックスに埋め込まれている」と思われがちですが、そんなことはありません。
本人が日頃から習慣づけに努めることで、ある程度まで矯正が効くものですよ。
「身の回りに幅広く配列性、規則性を見出す」──こうした“意識活動のスタンス”を促すため、被験者が「欠けた配列」に気をとられると、ペナルティが課せられます。それが「欠けた配列」というマイナス・イベントなのです。
(ポイントの減算例)
・配列から欠け落ちている事物に気づいたら、−2点。
・配列のなかで異質な事物に気づいたら、−3点。
ご気分はいかがですか。富辛です。
静寂は、音の空白です。闇は、光の空白。わたしたち知素は、そのどちらとも永くつきあって生きてきましたから、とりたてて恐れたり嫌ったりはしません。
ただ、ニギリ(※これに近いニンゲンを含む)たちにとっては違います。哺乳類動物としての進化のなかで、孤立や無防備の念にかられる静寂や闇は、常に恐怖の対象であり続けてきました。
と同時に。
彼らにとって静寂(聞こえないこと)や闇(見えないこと)こそ、思考活動にとっては“無限に拡がる宇宙”である…ともいえます。ニギリたちの知育メニューである「巡界」は、これを知認することに高いポイントを定義づけています。きょうはまず、「静寂」について説明します。
(イベント成立の)対象となるのは、“一瞬の”静寂です。騒がしい街中で友達と話していて一瞬、会話に間ができた…というのでは条件が足りません。(あくまで各被験者の主観ですが、)あたり一面が無音に浸(ひた)された…そんな、まったく音を発するもののない静寂を感じたら、このイベントを知認したことになります。
どんな片田舎へ出かけたところで、風のそよぎや野鳥の声を耳にしますから、そうそう「一瞬の静寂」なんてものには遭遇しないでしょう。
また、(たとえば)自分が砂利道を歩いていたのでは、その砂利を踏みしめる音が耳に届きます。はっきりと知認するには、立ち止まり、息を押し殺すぐらいの心構えでいてもらいたいと思います。
(ポイントの加算例)
・「一瞬の静寂」に満たされたら、+9点。
ご気分はいかがですか。富辛です。
制動と運勢の違い。ツキがなかったから下方階層へ転移し、ツキに恵まれたから上方階層へ転移していく──「巡界」の繰り出す知育トレーニングは、そんな単純な図式では描かれていないことを昨日、この場でお伝えしました。
きょうは、その話と関係する制動イベント全般の役割について解説します。
擬似現実の世の中(苗床)では一刻一秒、いろんな事象や事件、事故がドミノ倒しのように起き続けていますが、そのなかで「巡界」が仕組んだ〔もの、出来事〕を「イベント」。そうでない〔もの、出来事〕を「フロー」と言います。
【>>> 最初にお読みください 参照】
この「イベント」と「フロー」は特定の“起こることがら”を区分する場合もあれば、“起こることがら”を共有する(重複する、交錯する)場合もあります。特に、被験者から見て「突然のXXXX」とか「不意に襲ってきたXXXX」といった事象や事件については、後者である確率が高くなります。
(具体例で)たとえば、地震。
「巡界」には、「X月X日のXX時XX分XX秒、地球上のXX地域XX沖の方位XXX、地下XXキロを震源とするマグニチュードX.Xの断層型地震を発生させる」…なんてプログラムは組まれていません。
天災(自然災害)そのものの発端は、ほとんどの場合「フロー」として起こります。
ただ、その「フロー」が起きたとき(※あらゆる「フロー」はリアルタイムで「巡界」によって感知され、苗床の制御情報としてインプットされています)、その界域に居留する被験者のどれだけの範囲に、どの「イベント」をどう仕掛けるか、という“知認候補事象”の配置・配分を決めているのは「巡界」です。
“知認候補事象”とは、たとえば「突然の音(大音響)」「突然の風(突風)」「突然の光(閃光)」「突然の水流(鉄砲水)」…そして、「突然の揺れ(振動)」などのことです。
「突然の音」は地鳴りかもしれませんし、ガラスの砕ける音かもしれません。どのようなカタチにせよ、それが被験者に知認されることで制動イベントとなります。
お分かりいただけましたか? 「地震が起きる」という「イベント」は無いのですが、地震によって被験者に知認される音や動き、光景…等々が(震災発生という「フロー」に織り込まれて)、結果的に「イベント」と化していくのです。
でも「突然の音」というイベントは、花火が夏の夜空に炸裂した場合にだって、それを知認した被験者には“起きています”。地震に遭わなくても、起きる人には起きています。
このようにイベントそのものは、「いい、悪い」「ラッキーだ、不吉だ」という色分け(雰囲気)が直感できるとは限らない…むしろ、知れば『だから、どうしたの?』と怪訝(けげん)に思えるほど、何気ない〔もの、ことがら〕に潜んでいる場合の方が多いのです。
ご気分はいかがですか。富辛です。
ここまで当シーズに接してきたら(多くの読者は)お気づきかと思いますが、制動が上方に傾くとか下方に傾く…というのは、[7149]内の生活において運が向いてくるとか遠ざかる…という感覚とは関係がありません。強いて言えば、1万層にも及ぶ階層世界全体の生活環境(ニンゲン社会の状況)が、上方ほど徐々に穏やか、下方ほど徐々に険しく設定してある、というだけ。
たとえば[0011]の人格として暮らす間に「子供を次々と全員失う」こともあれば、[9010]の人格として暮らす間に「大富豪に上りつめる」こともあるでしょう。財産の有無だけで幸福の大小が測れないのと同様、目先の制動ポイントの増減程度では、暮らしぶりに苦楽の差は生じて来ないのです。
ただ、上方の階層に移っていき、被験者としての知的活動が鋭敏になってくれば、多少事情は違います。「上方に傾くほど心地良い、下方に傾くと心苦しい」という感情への波及が生じ、被験者たちは次第に“健全な知認の道すじ”を選りすぐる術(すべ)を見出せるようになっていきます…。
ともあれ、それはまだ当分先の話。今はそれほど神経質になる必要はありません。
要は、どこまで自分から(外の環境を)察知に出向くか。その(ほんの少しの)知覚レベルでの積極性なり社交性が、あなたを上方制動へと傾かせます。これは、けっして《自己中心に考えろ》、とか《誰からも愛される人気者をめざせ》、という意味では無いことを理解してください。
…そして。
何度も言うように、「あなたが見聞きし肌に感じているのは、“100%つくられた”擬似現実」──それが浮き沈みするたびに悲嘆にくれたり、有頂天になったりしない。そんな冷静さや落ち着きを、少しでも余分に身につける努力をやめないでください。
そうすれば少しずつ、あなたにも[7149]が楽しめるように、(つまり、いずれ上方階層へと転移していけるように)なることでしょう。
そうですとも、きっと。
ご気分はいかがですか。富辛です。
きょうは、マイナスの(制動)イベントについてお話します。マイナスは初めてでしたね。
知育プログラム「巡界」は、被験者が自立的に知覚し、判断し、行動するよう“仕向けて”きます。被験者が漫然としていたり、外界に身をまかせていると、自然に彼(または彼女)の制動ポイントは減点されていきます。
逆に言えば、とても大雑把(おおざっぱ)な言い方なのですが、“他力本願な知認”はマイナスのイベントに遭いやすい状況をつくり出していく…ということになります。
たとえば、「時を告げる音」。定刻を告げる時報、と言い替えてもよいでしょう。
あなたが仮にきょう朝の10時、ラジオで10時の時報やチャイムが鳴るのを聞き、「あ、もう10時だ」と知認したとします。別に10時から何かをするつもりで、携帯電話のアラームをセットした…ということではなく、万人に発信されている時報を偶然耳にして、それで10時だと具体的に知った。
それは、時報を知認したあなたにとって「今、10時になった」というだけのことで、せいぜい「お昼まであと2時間か」程度の意味でしかない、という場合。
こうした状況だとマイナスのイベントが成立し、制動ポイントが減算されます。
わたしたち知素は、もともと時計を持って生活していた訳ではありません。惑星の地表を覆いながら、その星の自転周期を体内時計として、自らの生息を律し、存(ながら)えてきました。
その体内時計に問いかけるとき、知素は「XXXXXをするなら、あと何時間のうちに」(※生来、わたしたちが用いてきた時間の単位は[7149]と同じではありませんが、説明を簡便にするためこのブログでは「時分秒」のコトバを流用します)「もうすぐXX時だから、XXXXXを用意しなくては」──
といった具合に、主体的な思惑とか思考の判断材料として時を知ります。
こうした習性は知素に限りません。
活力に満ちた知的生命体ほど、時間は自分の内側から管理するために利用し、外から告げられる時間を聞き入れたり(=受容したり)はしないのです。
つまり、もし定時を機械的に告げる時報、鐘(かね)などを耳にしたとしても、ただ音として聞き流したらマイナスのイベントは“やり過ごした(ポイントは減算されない)”ということになりますし、最初から何かする予定で10時にアラームをセットしたなら、その音を知認しても「XXXXXする時間になった」と気づいたのであって(漫然と「あ…10時か」と思うのとは知覚の種別が異なりますから)、やはり制動ポイントがマイナスされることにはなりません。
…ということなのですが、お分かりいただけますでしょうか。すんなりとは理解しにくいですよね、たぶん。
ところで、きょうは「時報を“聞く”」という事象についてお話をしてる訳ですが、聴覚に障害のあるかたの場合、「時刻を知らせるディスプレイを目にした」「街角の時計が視界に入った」と置き換えてくだされば、ほぼ同様の意味を成します。
となれば当然、視覚に障害のあるかたの場合にも、このブログに書かれた内容とは別のイベント知認基準が適用されるようになっていて、知覚の制約に関わらす制動を得る機会は平等にコントロールされています。どうぞご安心ください。
(ポイントの減算例)
・予期せず「時を告げる音」を聞いた場合、−2点。
ご気分はいかがですか。富辛です。
きょうご紹介するプラス(+)のイベントは、「前を行く者」。
この、「─ 者(もの)」というのは当然、他の被験者(知素またはヌル)を意味します。「前を行く ─」というのは、あなたが移動中、進行方向に対し(あなた自身の)直前を同じ方向に移動している…という意味です。
移動は、単に歩いていることもあれば、クルマや自転車など何らかの移動手段を介して成されることもあるでしょう。いずれの場合も、“偶然視界に入った誰か”とか“ふと気がついた誰か”であることが重要で、最初から意識して尾行していた相手とか、どこの誰かは判明している知人や親族、同行者などは(たとえすぐ前方に見えたとしても)、「前を行く者」に含まれません。
さて。それらの「前を行く者」が、交差路や分岐路において、あなたが進もうと意識している方向とは別の方向に進んでいったことを知認すると、制動イベントとなります。また、「前を行く者」が不意に停止したため、結果的にあなたが「前を行く者」を追い越した(のを知認した)…という場合も、このイベントに該当します。ただし、あなたが意識してスピードを上げ、「前を行く者」を追い越した…というのであれば該当しません。また、視線をそらしている間に「前を行く者」を見失った…というのも(制動イベントには)該当しません。
とはいえ、こうした場面には(あなたが街に出たり、乗り物に乗っていたりすると)日に数十回は出くわすはず。一見、知認するのも簡単そうだ…と思われるかもしれません。しかし、「前を行く者」が方向を変えることより先に、「前を行く者」を知認していることが先です。
仮にあなたがクルマを運転中、漫然と車間距離を保つために前方に目をやっていて、前の車が左折ランプを点滅させてから「あ、この車…左へ行くのか」と(そのとき具体的に前の車を)意識したのでは、既に(ポイント獲得の)タイミングを失っていることに留意してください。
日常の中で、今回のイベントが適用される実例をいくつかあげましょう──。
・あなたが歩いていると、自分が右折しようとしている角で、前を歩く人が直進していった。
・あなたの車が高速道路を走行していると、直前を走行中の車がサービスエリアへ入っていった。あなたの車はそのまま直進した。
・ジョギング中、前を走っていた人が歩きだした。あなたはその人を追い越して走り続けた。
・すぐ前を走っていた車が(来た道を)Uターンして、そのままあなたの車とすれ違った。
──等々が考えられます。
(ポイントの加算例)
・「前を行く者」が来た方向を引き返し、あなたとすれ違って後方へ去った場合、+5点。
・「前を行く者」が進行を止めたり緩めた結果、あなたが「前を行く者」を追い越した場合、+1点。
・上記2項以外の「前を行く者」に関する知認は、+3点。

